<   2009年 08月 ( 22 )   > この月の画像一覧

久しぶりに 虹を見た。

しばらくぶりの虹は スケールが大きくて

頭上の中空を 大きく渡る 橋・・・・

渡って何処へ?・・・・・

夕方の 雨上がり・・・・・。

あの向こうは 五次元?・・・・・。

神の 契約のしるしと?・・・・。

人は 人ゆえに 形をおねだりする・・・・。

神様 ありがとうございます・・・・美しいみしるしを・・・・。

あなたの息吹を感じて 胸の中で憩うみどりごとして

おゆるしくださいますか・・・・。

夕影の薄れてゆく中で 空中に溶け去った虹・・・。

ありがとうございます
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-30 21:12

鈴虫 ライブ

短い夏だった。 長雨の後 真夏日が少しあって 夜ともなると 毎年このように耳にしていたかしら
と思うほど 鈴虫のすだく声が 高く低く 掛け合いで かなりのボリュームアップ!!

聞き入る時間はないながら ふっと しんみりとした気持ちになる…。
日頃 やみくもなほど走ることが多いので 時々 こうして間奏曲を 入れてくださるのかもしれない・・・。

走りに走った北の大地・・・めったにできない体験をさせていただいたのは事実だ。
祈りは 意をのる・・・思いを奏上するということなのだとおもう・・・この只今の 己の存在の感謝・・・・
現世は ともかく生業の世界は めまぐるしく 悠長に構えられない というのが一企業としての
現実ながら 何のために いま存在しているのかと思うと やはり 厳粛な気持ちになる・・・。

Y様が とてもよい言葉を教えて下さった。
ことば は 光りかがやく 透明な 波動なのだと・・・・。 光透波・・・ことば・・・・。
ああ・・・すばらしな・・・・本来はそうだろうな・・・と。
だから 水からの伝言もそうだけれど ありがとう とか 愛 とか 感謝 とかをあらわすことばの
波動紋が あの美しい 結晶をむすぶのだろう・・・。

昨日 倉庫のものの入れ替えなどで うろうろしていたら 先日のバレー発表会の父兄の方が
いらっして下さって 失礼ながら・・と寸志を下さった。
封筒に 生徒・父兄一同 と書かれていて 改めて 胸が熱くなった・・・・。
リハーサルの日 一回目が間に合わなくて アナウンスなしでの 通し稽古だった。
子供たちが 私のアナウンスがないと 踊りにくいと言い合っていたと・・・・話して下さった。
有難いことだった…。 私は私で 毎年 このような体験をさせていただける 稀有な幸せを
有難いと思っている・・・・・。

今年は いつものプログラムと趣を変えていて かつてパリに留学 オペラ座で踊っておられたという
客員の振付のプリンシパル H様と ロンドンにバレー留学していたお嬢さんとの 本格的な舞台が 
まず最初に来ていた。
シルビア
という ギリシャ神話がテーマの テクニック難度の非常に高いものが 幕開けから
はじまるというのは 今年初めての構成のように思った…。 おそらく生徒たちのレベルが
高くなってきたことにも由来するかもしれない・・・・。
アナウンスするのも忘れて見惚れてしまいそうだった…。

エスメラルダの 女神ダイアナとアクティオンのグラン・パド・ドウ 新プリンシパルが見事に
舞台をとりしきった・・・。
プチ バレリーナ達の 数々のダンスピーシズ・・・・。 フレンチ カンカンまで 踊り収めた。
最後の パキータ・・・ジプシー娘 とフランス軍士官の恋物語・・・・
それぞれに 想いをこめて踊れるようになっていて 皆すてきだった・・・・。
舞台のそでで 汗をしたたらせながら踊っている姿を身近に目に収めながら 毎年 このような
美しいエネルギーの渦にしばしまきこませていただける幸せを つくづく思う・・・・。

今年は この教室から巣立っていった生徒さんの一人が 宝塚で芸名を頂けるようになって
立派な花輪が 受付を飾っていた・・・・。 S先生が 一番胸を熱くなさったと思う・・・。


お疲れ様でした! 又来年会いましょう! どんちょうのおりた舞台裏・・・ 音響さん 照明さんの声に
送られて ま昼間の現実世界に立ち戻っていった…。
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-29 21:40

時の速さ      2

単細胞型の私の 自分でも救いに思うところは 変わり身の早さ・・・と言おうか…。
今 目前のことに 全力投球する・・・・ただそれだけの事なのだが・・・・

二度目の リハから 参加・・・・。 何よりおどろくのは ついこの間発表会があったような気が
していたけれど もう 一年がたっていたこと・・・。
去年の プチバレリーナの成長ぶり・・・・! 頼もしい 男性バレリーナの 誕生・・・!
S君が 見事に ジャンプも 回転もこなし バレリーナの回転を助け りっぱに誘導
できるようになっていて・・・! 本当に 涙ぐんでしまった・・・・。 プリンシパル誕生・・・・。
イギリスのロイヤルバレーの系列で 毎年 いわゆるプライマリーからの試験制度があり それなりの
技術と芸術性を判定するために ロンドンから試験官が派遣されている。
遠い昔 娘殿もジャズダンスの傍ら 基本としての判定試験を受けていたと思う・・・。
それなりに目標を持つことも 或る意味励みとなり 研鑽を積むという形は 精神的な場面でも
大切な事かも知れない…。

それにしても 今年は S先生のバレー教室創立31周年 発表会としては第25回・・・・。
そうか・・・もう31年たつのだ・・・・と 感慨にふけるひと時・・・・。
新聞の折り込み広告を見て 娘の手を引いて当時のお教室を訪れたのが 31年前という事になる・・・。
本当に 幾星霜・・・。 付き添いということで一緒に通ってくれた姉娘殿は やがて高校の新体操に・・
娘殿は ジャズダンスに・・・・・。 そして今は二人ともども 全く縁切れ状態ながら きっと 何かが
残っているのだろう・・・。 S先生のお二人のお嬢様も 立派なバレリーナに・・・・・。

感動したのは リハの後 自由練習の時に 本格的に音を出して欲しいと プチバレリーナさん達が
音響さんに 次々丁寧に お願いに来ること・・・・。
所謂おけいこ事ではなく 心から好きでおどっているのが にじみ出ている…。
これは素晴らしいことだ。 あどけない表情の 幼稚園児か一年生ぐらいの子供たちが
指先にまで 楽しさをにじませているのは 教えていらっしゃる先生も 先生の代理をりっぱにつとめる
お嬢さんも その指導の素晴らしさが思われる・・・。
様々な舞台裏の感動を沢山いただいて 久しぶりの我が家に戻ったのは 夜八時を回っていた。
この夜 久々にイルカさんと 爆睡・・・・この平安に心から感謝します。
ありがとうございます。
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-27 23:22

時の速さ

熊本駅前の 飛びぬけて背の高いビジネスホテルでの目覚め この日の午後に 
バレー発表会のリハーサルがあるので 急いで飛び出さなければならず カーテンを引いて
外の景色を楽しむ時間も惜しんで 朝ごはんも頂かずに 駅へ飛び出す・・・。
月曜の朝は 出勤 しかも夏休みの移動の人の多さ! 駅へ来てびっくり・・・。
とにかくあと4分という急行列車に飛び乗ってみると 満席状態 すでに 鹿児島から混んでいたようだ。
外の景色を眺めるには デッキの方が良く見渡せる。 覚悟して デッキに立って 窓外の景色を
楽しんでいたら 本当に 博多までが短く思えた・・・・。鳥栖あたりからスコールのような 夕立ちならぬ
朝立ち(?)・・・。 博多に到着したら お天気は回復していた。
つくづく 日本列島の長さと 気象条件の異なりを 実感する…。
最高に「寒かった」摩周湖・・・札幌市内でも 熊本に比べたら 湿度も異なるようで 秋のさわやかさを
思い出すほどだった・・・なるほど 夏の北海道が人気なのも よく分かった。

混雑もあって 乗り換えが存外スムーズにいかず その分 ゆっくりお土産を物色する時間は 
作る事ができた。
16日出発の 前の日の夕方頂戴したプログラムと アナウンサー用原稿を つけ刃よろしく
目を通しながらの移動・・・・・・次第に 単純な私の良いところ(?)なのか・・・・舞台の雰囲気が
身近に浮上して来て わくわくしてくる。
岡山から 瀬戸大橋を渡って 高松→徳島 リハーサルが2時からだったけれど とてもとても間に
会いかねて 夕方やっと トランクを引きずって会場入りすることができた。
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-27 17:18

旅路       6

ビジネスホテルのフロントに荷物を預けて 札幌市内の回転寿司屋さんで この旅路参加者そろっての 
最後の食事会へ・・・・。 もう9時に近いというのに 何という繁盛ぶりのお寿司屋さんだったろう。
そして 本当においしかった! 若いお客さんが多くて 珍しいお寿司が多い・・・フライがのっていたり
いろいろ斬新なアイディアのものが多くて 面白い・・・新鮮だからだろう とにかく おいしくて 
Y様の食欲も刺激していたようだ・・・・・。
思い切って 一番高価なお皿を一つ手元にとって そのたっぷりのうにの握りを Y様と分け合って
頂いた。 羅臼のあの突堤(?)が 目裏に浮かぶ・・・・。
まるで マラソンに参加したかのような あわただしさではあったけれど このような 回遊の仕方は
滅多とできない体験だろう。 後日 背の君様に タッチしにいっただけやないか・・・・と言われたが
それなりに かえって凝縮されて 印象深いところが多々あったように思う。

其の夜はゆっくり湯船につかり 翌日は夕方のフライトなので ホテルでのチェックアウトを 午後に
延ばして頂いて Y様には ハード行程の休息を十分取っていただくことにした。
夜 床につく前 Y様に 感きわまったお声で 念願の達成できたことへの御礼をおっしゃられた・・・。
涙ぐんでおられるY様・・・・喜んでいただけて 良かった・・・・。 あの世で待っているご主人さまに
良い報告ができるとおっしゃってくださる・・・・。植物学者で とても優しい方だったと なんども
思い出話を伺った・・・。 うらやましいほどのおしどりご夫婦だったのだろう・・・。

たっぷりのゆとりを取って 空港までの移動に 帰路はバスではなく JRを使うことに・・・・。
昨日までの曇天や雨とは打って変わって 秋の気配さえ漂い始めている 晴れ渡ったお天気。
空港行きの特急列車・・・東京以北で 最大の都市札幌と伺っていたけれど なるほど 高架を走る
車窓の眺めは 高層マンションよりも おとぎ話のような 素敵な住宅群がずっと続いていた・・・・。
それが途切れると 白樺林・・・緑濃い雑木林・・・・。 そしてやがて 飛行機の着陸態勢などが
見える空港に・・・・。とうちゃくしたときは もう夜遅かったので どのコーナーもシャターが下りていて
人影がなかったけれど 今度は おそらくそれぞれ家路につく人たちだろう おびただしい人影・・・。
二人揃ってどう見ても老齢なので どのセクションも 有難いことに 気を使ってくださる・・・。
おままごとのような可愛いお弁当(空弁)を見つけて お茶と一緒に購入。 順調に 機上の人に・・・・。
窓のない席だったけれど反対側の席の壁が 夕焼けを映していて どんなに明るく美しい風景か
想像することができた・・・・。

行きもそうだったけれど 見事に満席で 並んで席を取ることはできなかったけれど Y様には 
窓のある席に座っていただけた。 若いフアミリーのお客様が多い・・・・。 ベルト着用のサインが
消えて 立ちあがって後ろのY様を見やると よく眠っていらっしゃる・・・・。 何だかほっとした。
札幌を発って福岡までは 約2時間・・・・。  本当に 早いものだ・・・・。
其の夜 Y様をお家へおおくりしたのは 11時に近かった。 ホテルに帰って 荷物の整理をしていたら
見事に12時・・・・。
でも 思えば夢の一駒のような 北海道の旅路・・・・。 あの距離をずっと 運転して
下さったMさんFさんのご協力 錬堂さんのサポート 若いお嬢さん方の応援があってこそ
やり遂げることができた・・・・。 本当にありがとうございました・・・!!
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-26 22:01

旅路      5

国後 択捉の島影が はるかな幻のようにかすむ朝 まずは 羅臼神社にお参りをして 無事に
ここまで回らせていただいたことへの感謝のお祈りをする・・・・そこからこの旅の最終日の始まり・・・
羅臼海岸の 最後の祈りの場が とても足場の良いところに見つかり かわるがわるY様を支えて
波打ち際へ・・・・・桟橋のように海に突き出たコンクリートの突堤・・・・そこには ゴロゴロというほど
ウニの殻が落ちていて それはおそらく いつも当たり前の風景なのだろう・・・・
法螺貝の音が 穏やかな響きとなって海面に広がってゆき 最後の御経を 流す・・・・
今までもそうだが 皆どこにも引っかかることなく 沖を目指すようにゆっくりと流れて行った。
ここだけではない・・・おそらく 世界中合わせれば 平安を願って 国境を超えた様々な形の
祈りがいつも何処かで捧げられているのではないだろうか・・・・。 さまざまな形の戦は絶えることなく 
悲しみと絶望がうずまいているところもきっとあるだろう・・・
でも こうして 残生の最後をかけて その祈りの旅を
その人なりに完成させたいと思われた方もある・・・。 羅臼の記念に とてもきれいな丸い石をみつけて
Sさんと一つずつ拾い上げて Y様に この旅の記念にお持ち帰り頂こうと言い合った。

それから札幌方向に走行開始・・・・神秘的な摩周湖の裏側の展望台に到着・・・・・外に出たら
なんと寒いこと! 結構な人影が展望台に見えていて 折角なのでY様もお連れする・・・・
私の上着を羽織っていただいて抱きかかえるように上がっていく腕の中で 震えていらっしゃるのが
よく分かった。 でも 視界に収めたいとおっしゃって 上まで上がられた・・・・。
摩周湖がはれわたってみえることは 滅多にないそうだ。 霧に閉ざされて見えないこともよくある
とのこと・・・この日は 山の半分まで上から霧が下りてきていたけれど 湖の中央部の小島も
澄み渡った湖面も 神域のように 神々しく見渡すことができた・・・・。
人影が多いのに 皆感動の為か 人声もあまりせず 静寂の中で眺めさせていただいた。
車に戻ったらほ~っとするほど 実に寒かった。 Y様がお風邪をひかれないかと それが心配だった。
摩周湖のよこを巡って次の湖へ・・・・どこも雑木林が美しく 白樺も沢山まじっている。
きちんと記録を取らなかったことが悔やまれるけれど 可愛らしく実に水の美しい(何とライトブルー)
池というほどだけれど 沢山の人が眺めに来ている名所の一つ・・・・いつも通れるという道が ロープで
ふさがれていて 只今熊が出没中 という看板が下がっていた。

そこからひたすら走り続ける・・・屈斜路湖のキラキラ輝く水面が雑木林の木立の向こうに透いて見える。
かなり大きな湖のようだった。 そこから まりもで有名な阿寒湖に出て 湖のほとりに・・・・
白鳥の形の足こぎの遊覧船?が 沢山湖面を回遊していて 初めて 私も観光客気分・・・・・。
お土産店がひしめいていて アイヌなどの木彫りのものも溢れていた…。
そこから 硫黄山へ出て そちらの道の駅で おうどんを頂いて体を温め 箱根を思い出す むしろ
それよりもスケールの大きな レモンイエローの硫黄がひろがっていて けむりがあちらこちらに
立ち上っていてる・・・・・そのお隣の山は 普通の緑のたたずまい・・・・

そこを出立して ただただ サイロのみえる広い広い牧場の丘の脇をぬけ とうもろこし畑の真ん中を
突き抜けるまっすぐな国道をひた走り やがて雨が降り出す・・・・。どこまでも続く菜畑は じゃがいも
畑だった・・・。 こまごまとあぜ道で仕切られている田園風景ではなく 広大で 馬にでものらなければ
はしまでゆけないのではないか・・と思う広さの牧場や畑・・・カボチャ畑も見えた・・・・。
農産物の豊かな内陸部・・・海産物の豊富な沿岸部・・・・自然と人間との折り合いの中での
明治以降の 長く厳しい開拓史を想う・・・  曾祖父 祖父の時代の積み上げられた 汗と涙の
結晶の今日只今・・・・徳島からも 沢山の屯田兵が家族とともに 実際 移住されている・・・・。
十津川という地名もあるが それは 災害で住むところを失った あの吉野の十津川村の人々の
開拓されたところの由・・・気をつけてみると 内地と地名の重なっているところが多い……片や
アイヌのことばをこめた地名も多い。
断片的におぼえている地名は 足寄・清水・ トマム・日高・夕張・広島・・・・・241号線から 
274号線に入って札幌に近づいたようで 夜八時過ぎ 札幌市内に入り 泊まりなれているチェーンの
駅前ホテルにチェックイン。 全走行距離はおよそ1800キロぐらいだっただろうか・・・・・。
記憶の前後がひっくり返っているところがあるかも知れない・・・・思いもかけない内容の旅に
こうして参加できたことは やはり幸せだったと思う・・・・。
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-25 23:33

旅路     4

すっぽり霧に隠れた羅臼・・・・・1~2メートルほど先しか見えない視界の中を ふもとの峠を越えて 
知床半島の反対側に降りると もうすっかり夜になっていた。 Mさんが 携帯で探して下さった
ビジネスホテルに 雨の中の野営をあきらめたSさんも交えて 其の夜は 4人がホテル入り・・・。
道の駅での食事に出た折 野営組の雨対策に テントにかぶせるブルーシートを購入できるお店を探す。
ここには昔懐かしい万屋さんがあった。 広いお店に ありとあらゆる生活雑貨品がそろっていた。
この町での 大切な場所ではないだろうか…。結構ある 旅館 ホテル そして 飲み屋さん・・・。
チェックインして分かったけれど 工事現場の作業員さん風の人の出入りが多い。 顔なじみの
長期滞在の人もいるような気配・・・・。 お宿賃の安い分 タオル バスタオルはなく 畳のお部屋に
セルフサービスでお布団を敷く。 お湯のポットもない。 全てが質素な分 観光旅行ではない
祈りの旅にふさわしい宿だと思った。 廊下やトイレに這う配管は 全て 分厚いウレタンシートで
くるまれていて 冬の厳しい寒さが十分想像できた。

そろって食事を取りに 防波堤の前の道の駅に行く・・・・。
そこで 面白いものを頂く・・・チャンチャン焼きという食べ物・・・。
量が多いということで 三人分を取り 鮭のおにぎりも三つ取って 半分分けにしてちょうどのビッグ
サイズ。チャンチャンやきは お好み焼きをひっくり返すあの金属製のへら(?)を 二つ打ち合わせて
カボチャ キャベツ 玉ねぎのざく切り もやしなどの上に 大きな生鮭の切り身が沢山のっていて
二枚を打ち鳴らしながら 何度もひっくり返し 火を通し炒めて お皿に取り分けて頂く・・・。
最初道の駅の娘さんが チャンチャン と歌いながら お手本を見せてくれる・・・・。最後に それらの
具を少し残しておいて 焼きそばを楽しんで 一セットとなる。
素朴で ユーモラスでアットホームで しかも なかなかおいしかった。
二日間の祈りの旅をぶじ終えて お茶で乾杯! あとは 国後 択捉を望むところでの祈りを残して
海岸線のポイントは一応回ったことになる。祈りの場所は 記録を取らなかったために私の記憶力では 
列記しかねるけれども 一か所2~30分で すぐに飛び乗って ひた走り続けてきた不思議な旅・・・・。

羅臼の朝は実ににぎやかな うみねこの群の声で目が覚める・・・まだ 夜が明けたばかり・・・・・
ここも比較的高い窓を開けて外を見ると どの屋根にも 鳥影が見える・・・・。
この海峡は とても 魚群が豊かなようで 旅館のポスターも 様様の魚群が根室海峡を埋めている
イラストが描かれていて うみねこさんがひしめいているのも 事実その為かも知れなかった。
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-25 00:38

旅路      3

名寄の朝は静かな夜明け・・・高い窓を開けて外をみると 大通りに 通学の自転車の列・・・・・ 
おそらく中学か高校なのだろう・・・まだ素朴で 髪を染めたりだぼだぼパンツやピアス姿は一人もいない。
街並みと同じく 都市部はよく分からないけれど 小都市は 古き良き時代の名残があるのかもしれない。
なんだかほっとする想いだ・・・・。雪で閉ざされる時期が長いので 内地とは 通学時期が異なるのかも
しれない・・・。やがてキャンプ場からお迎えに来て下さった錬堂さんたちのお話では 風連湖の夜明けは
とても神秘的だった由・・・・。 お名前も 素敵・・・・。

この日は知床半島を目指して出発・・・。ウエンシリン岳を近くに見ながら紋別 経由 広いサロマ湖畔を
通過・・・。通過時 サンゴ草群生地とあったけれど 何か異臭のような あまり快適ではない 腐敗臭の
様なにおいが気になった。 網走 斜里を通過 オシンコシンの瀧でトイレ休憩・・・人の後について
行ったら 何とすがすがしい大きな瀧! 二本の滝が合流して落ちてきている・・・そばによると
しぶきと清冽さで 寒いくらいだった・・・・。 観光バスも立ちよるようで かなりの人出。 ここへくるまでに
人気のない所を探したけれど 結構 岬沿いはみんな賑やかで 夏の観光シーズンを実感した。
日本海に比べて観光スポットも 格段に多いような気もする・・・オホーツク海側にまわってからの 
牧場の多さ・・・写真で時折見たような風景が 窓の外を走りすぎてゆく・・・。 牧草をロール状に
巻き取った 巨大なものが 当たり前のようにごろごろおかれている・・・あれは何にするのだろう・・・
刻んで冬の牛さんの飼料になるのかもしれない・・・・・。
カレンダーやポスターの写真で見るような広大な牧場風景 その面積に対して端っこの方で
かたまって草を食んでいる群れが小さく見えるほど 確かに 北の大地! ゆるやかなカーブの
アップダウンが続く広い牧場の真ん中に まるで牛さんの憩いの場のようにぽつんとたっている
一本の大樹・・・・写真で見た風景としっかりかさなる・・・・曇天の大地 時折 霧雨が窓にふりかかる。
そのような内陸風景が 知床に近くなるとすっかり変わる。
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-24 10:09

旅路 2

オホーツク海岸をたどる形で走り続け M様が 先年やはり個人的な祈りの旅でたどられた時の
見聞が大いに役に立った。 神威岬(カムイみさき)をすすめてくださって 見え隠れするポロヌプリ
(大きな山)を望み見ながらやってきたところは その名前にふさわしい 威厳のある岬だった。
アイヌの人たちにとってとても神聖な岬だったので この名がついたのだろう・・・。
人気は全くないものの 波打ち際におりるには Y様にも私にも 険しい道だったので
道端から祈りながら見守ることに・・・・。 流氷に閉ざされると聞く海域の 夏とはいえ泳ぐなど思いも
よらない水温なのではないだろうか・・最果ての荒涼とした雰囲気が 漂っているような気がする・・・・。
昆布や海産物の豊富なところなのだろうけれど・・・・・。
この辺りから気きがついたのは 巨大な野生の蕗の群生・・・。 傘にできるほど大きなものがびっしり
はえている。
それこそまさに 曇天の雲が割れて 陽が差してくるという神秘的なカムイ岬でのお祈りも無事終わって 
千畳敷と名のついた 広々とした岩場へ・・・・。
ここは 私も かなりのところまで降りてゆくことができた。 ここではMさんが 岩陰で代表でお経の
お炊きあげをして下さった。 見上げれば 高層雲のゆったりとした流れの下をSさんも龍雲だという
長く灰色がかった雲が 泳ぐように流れてゆく・・・。
つくづく ほら貝の音は神秘的なのだと思った。 竜神の眠りを覚ます音でもあるそうなのだ。
オカルトがかったことは 信じがたい方ながら 様様目のあたりにすると 神秘的 といわれることは
やはりあるのだな・・・と感じる・・・。
海だけではなく 山も大切との錬堂さんとMさんの意見の通り ポロヌプリのふもとのいかにも清冽な
川の流れに 般若心経を流す・・・。 トウモロコシ畑のいきいきとした山峡・・・そこも山のエネルギーが
高い地として祈り 高い橋の上から 澄み切った水の流れに 皆で御経を流した。
内陸に入った名寄(ナヨロ)というところで 泊まることになった。 Y様と私 運転をつとめて
くださっているMさんの三人だけ ビジネスホテルに泊まり あとのひとたちは 近くの風連湖の畔の
キャンプ場で野営・・・・。JR宗谷本線の通る 比較的大きな町だった。ホテルは駅に近いのもあってか
親切で素朴なご夫婦が運営しておられ ビジネスの人も散見する。 さすがに 通過するどこの町も
道幅が広い! 昭和を思い出す・・としきりに錬堂さんは言う・・・・。 お店のたたずまいもレトロそのもの
其の夜は ここにもあったチェーンの庶民的な料理やさんで 少し遅くなった夕ごはんを頂く。

祈りの旅とはいえ それぞれの生きざまを秘めた 各自個性に富んだ形を取っているけれど
今の時代の 地球の 人類の 総合的な和を祈る ということでは共通項を持っていて それが
この個性的な輪をつなげているのではないかと思う。
御高齢でありながら それなりの信念に 実に見事に背筋の伸びた生きる姿勢に 皆引き付けられた 
のではないだろうか・・・。
祈り残した地を巡れる喜びに Y様は涙ぐんでおられた。 表す形は違っても このように純粋に
平和を願い 祈ってくださる方がいるという事実は やはり 有難いことではないだろうか・・・。
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-22 23:38

旅路     1

16日に飛び出し かねてよりご依頼を受けて 旅の介添え役をお引き受けしていた 熊本のY様を
お迎えに まずは福岡で一泊 めったに会う機会の少ない いとこのシスターミカエラに面会に修道院へ
立ち寄る。夜は もう長年 代理店をひきうけてくださっているKさまと面談 9月からはじまる様々な
イベント出店の打ち合わせを済ます。

やがて90歳を迎えられるY様にとって オホーツク海と 国後エトロフをひかえた海峡へ
369巻の般若心経をたずさえて 世界の調和と平和を祈りに行く事が 最後の願いなのだと伺っていて 
何かの形でお手伝いが出来ればと 錬堂様にもご相談していたことだった。 
結果 札幌にお住まいのM様に ご案内いただく事になり 急きょ実行の運びとなった。出発には全く私ごとの事情が絡んで 折角のツアーをくんでの
格安宿つき航空券を 片道分無駄にしてしまう事態となり お人をお預かりすること 18日からの予定が
きちんと決まっているだけに 真底あわてたけれど JALのカウンターの方々の見事な 連携プレイと
行き届いたご親切で 羽田乗り継ぎの千歳行きがシルバー割引で購入可能となり 何とか17日中に 
空港に到着 空港バスで乗り継ぎ約一時間 新宿とまではいかないながら 夜11時にも関わらず
人出の多いすすきのに近い契約ホテルに何とかたどり着いて チェックイン。 翌朝7時にお迎えの車・・・
錬堂さん アシスタントのFさん ご案内を務めて下さるM様 思いがけずアメリカからのF様 
御顔立ちのあどけなく可愛いお嬢さんのSさんと私たちの 総勢7人での旅の 始まり・・・・。
日本海側は 生前のご主人と祈りの旅を済ませておられ 回りきれなかったという残された領域
オホーツク海を めざす・・・。

第一日目は 札幌を出発して 日本海側を北上。 確かに国内 まして四国とは先ず 海の色が
全く異なる・・・・そして丘陵地帯に 何と 風力発電の多いこと・・・!
異様な風景といったら叱られるかもしれないが エコ発電と言いながら なんとなく本当の意味で
環境にそぐわないような気もする・・・
この八月でさえ 厳しい自然の顔が見え隠れしていて ここで生活することの大変さを 南国の
のびやかさとひき比べてしまう・・・・人のたくましさ・・・海沿いの人口の少なさ にもかかわらず 
一列に並ぶ少しずつの住宅群の 何ときれいに整備されていて おしゃれなこと・・・・。
玄関はどれも二重構造になっていて 冬の吹雪や厳しい風が 直接住居に吹き込まないように
配慮されているようだった。 漁業組合風のものも見えず 畑地も 見当たらない海岸沿いに
何の産業があるのだろう・・・・やはり 漁業なのだろうか・・・・。 あの居並ぶ風力発電は
何につかわれているのだろうか・・・・。

海鳥の生息にはうってつけのようで 汚染されていない海のみずは美しく 鵜とウミネコが
おびただしい数で 群れをなして岩礁に止まっている・・・・。 車は とにかく祈れる場所をもとめて
ひたすら走り続ける・・・・。 稚内を回って宗谷岬に到着。 日本の最北端を示す立派な記念碑が
建っていて マイカー ツーリングで訪れている人々が 次々と記念写真をとっていた。
その傍らに 波打ち際に降りてゆける階段があり そこを下りて 皆も習って 最初の祈りを捧げた。
錬堂さんのほら貝が見事に吹き鳴らされ 心なしか空が明るんで 曇天にもかかわらず光の現れる
不思議・・・・。 Y様の陳べられる般若心経(神道の般若心経で 語の切り方 配置が少し違うようだ・・・・)
と 弥勒真言・・・・この日のために書きためられた般若心経の言霊の写経で 数霊をあらわす
トランプを包み 走ってくる車の中で Yさまと膝の上で作った小さな包みを 皆で海面に投げる・・・・・。
それから錬堂さんの 法蓮華経が上げられ 私は心の中でひふみのうたを歌い」ありがとうございます
をくりかえす・・・・・。 写経のお炊きあげのために たばこは誰も吸わないので ライターを携行しては
おらず Hさんが 宗谷岬の道の駅で ライター と 皆の記念にと 北海道の地図をプリントした
ハンカチを買ってきてくださって 私も頂戴して 感激!  
きれいなお花の植込みの間で なんとけがをしたのか病気なのか うずくまっている北キツネにであう・・・
しっぽが長くて顔が細く長い  力なく犬の寝姿と同じ様に しっぽに顔をうずめて寝ているさまは 
とても気になり 哀れをそそったが どうしようもなく Y様も私も ただ声をかけるだけだった。

先を急いで そこを出発点として 次なる地点へむかった・・・。
 
[PR]
by dmm8649 | 2009-08-21 09:45