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楽しい ロザリオ

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宗教というと 厳格・神聖・高貴で近寄りがたいほどのものに思いがちだったけれど
個人的には もっと身近で 楽くても良いのでは・・・・・

受験期になると急に大宰府系への御参りが増えたり 不況になると天神様への御参りが増えるのと
同じくくりかもしれないけれど 私としては 今在ることへの感謝の意を宣べることこそ祈りで
願い事が祈りではないと思い始めている。

二月九日 浅草での商談の後 いつものミッドタウンへ直行。打ち合せが済んで 足は自然にあの
乃木坂の坂の上の教会へ・・・・。 何のご連絡も差し上げていなかったので Tシスターは不在かも・・・
すっかり日の傾いた坂の上から ミッドタウンの聳え立つビルが 一瞬バベルの塔のイメージに・・・・。

懐かしいT様は居てくださって 以前見せていただいた 五色のロザリオが頂戴したくてうかがいました。と
お伝えする。 以前もとめさせていただいた 宝石のように輝いていたロザリオは 入院なさるという方に
おしつけがましくもお送りしていて 手元になくなっていたのもあって お伺いした事だった。
覚えていてくださって すぐに購買部から持ってきてくださる・・・・。
以来 夜眠るとき 手に持って休むという 子供のような習慣が身に付いた。

五大陸の祈り・・・平和の祈り・・・今現に ここに 安らかにあることへの 感謝の祈り・・・・・。
積み木の色のような単純さが  好き。
今夜も これを 手のひらに収めて 眠らせていただく嬉しさ・・・。
ありがとうございます。
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by dmm8649 | 2009-02-28 23:10
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どこでふり仰いでも 朝空はなんと新鮮で 気持ちが良いんだろう!

遺伝子情報の事・・・巡り合った 楽しくすてきな お仲間たち・・・PPKという ユニークな会のこと・・・
懐かしい小説の世界のような 温泉の湯けむり・・・懐かしいような畑の風景・・・城跡の散策…今年は 
立ち寄ってみようと思うMさんの事・・・二日間の仙台は まことに内容の濃いものだった・・・・。
 
来る時よりも 停車駅の少ない まさに東京まっしぐらのような新幹線車内は ある意味 通勤列車のような
雰囲気で 私も バッグから書類を取り出して 現実モードに戻ってゆく準備を開始した。
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by dmm8649 | 2009-02-26 21:01
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東京 浅草での10時半約束の商談を目指して 仙台を出立 朝の駅前には 二日前の雪の名残が
・・・・。駅前風景は どこも似たようなところがあるけれど  ここは またゆっくり出掛けてきたい街の
ひとつだ・・・・。
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by dmm8649 | 2009-02-26 20:43
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おぼろな冬日の傾き始めた四時過ぎ 平日の最終バスの時間を思い出して ゆっくり石段を下って行った。
年齢相応の 忙中閑あり・・・・・を 楽しませていただいた・・・・・。
冬日を仰ぎながら 心からの ありがとうございますの言葉を お送りして・・・・・。
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by dmm8649 | 2009-02-25 18:55
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緩いカーブを描いて 城跡の木立の間を 回遊してゆく道・・・・
自然界の中で 直線的なものってあるだろうか・・・と ふと思ってしまった…。

コーヒーのなかに入れるミルクも 円形に回転しながら混じり合ってゆく 不思議・・・・
数え上げればきりがないほど 円を描くものが多い・・・・または 波形・・・・

私の身体の中も 直線ってないよな・・・・血管も神経も筋肉も それなりの曲線を描いているのだろうな・・・
なんとも不思議な感覚jに浸りながら 静かな道をたどってみる・・・・。
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by dmm8649 | 2009-02-25 18:54
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おのずと思い出す 笛の上手な友人の素敵なレパートリーの一つ 青葉の笛の旋律・・・・・
頭の片隅でたどりながら 公園の一隅に 土井晩翠の 記念碑を見つける・・・・

春高楼の華の宴・・・巡る盃かげさして・・・・
一人を良いことに口ずさんでみる・・・・

沢山の人との集いの後 一人の密やかな時間も 又有り難いものだ・・・・。
歌詞の通り人の世のいとなみは 儚いものかもしれないが それぞれがそれぞれの形で 今を懸命に
生きていることは確かなことだ・・・・・ 
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by dmm8649 | 2009-02-25 18:53
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by dmm8649 | 2009-02-25 18:52
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人影のまばらな公園の向こうに 伊達公の銅像が 本当に 幻のように美しく透けて見える・・・・。
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by dmm8649 | 2009-02-25 12:50
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月曜日の観光コースは 限定されていたものの Mさんとゆっくり歩いた仙台城のお城跡の公園は
開放されていて 冬日がおぼろな空の下 雪のところどころ残る公園を 一人でゆっくり辿る事が
できた。 あのときは 紅葉の美しい季節で Mさんが 感動しながら 写真を沢山撮っていた・・・・。 

人それぞれの 今生の生き様に想いを深くして辿る小道・・・既にお城の面影は現実にはないけれど
空間にくっきりと曲線を描く城壁の名残の 潔い美しさに しばしみとれていた・・・。

Mさんの 一生懸命明るく生きようとする姿勢が 本当にいじらしかった。
小林正観さんの御本や いろいろなものを なんとか力付けにならないかと お送りした物だった・・・。
私には思いもよらない人生を歩んでいる方が 計り知れないほどいらっしゃる・・・人はその生をあらかじめ
決めて 今生に誕生すると聞いたけれど・・・・ そうだったとして 私は確かにこの現在只今までの
歩みをありがたく受け入れて感謝できるけれど・・・・。事実は小説よりも奇なりと言う言葉通り
すさまじいばかりの人生を辿りきるかたは 本当に 素晴らしい魂の持ち主でいらっしゃるのだと
改めて想う・・・・・。正観さんのおっしゃる三秒の悟り と言う説は すごいと想う。 
過去を受け入れる一秒 現在を受け入れる一秒 未来を受け入れる一秒・・・・・。
人から見たら 大変不幸に{見えること}は 本人にとってどうかということは 別問題で
言わば魂の向上の為に 喜んで受け入れていらっしゃるかもしれなくて 其れこそ 
私の感情をない混ぜにしては まさしく お節介で余計な想いなのだとふと思う・・・・・。
O先生がおっしゃったのは 其処のところだったのかもしれない・・・・・。
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by dmm8649 | 2009-02-25 12:48
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二月九日 名取農場見学の後 東京方面に帰られる方々と ボランティアを申し出てくださった方の車で
仙台駅に向かい 駅ビルで うわさには聞いていた「ぶどうえび」のはいった 握り寿司の一皿を
お昼にいただいた。 大切な物は取って置いて 最後に味わうという 私の悠長なクセのままに その
一貫を頂いたが 確かに甘くしかもこくがあって 美味しいえびさんだった・・・・。

お別れしてから もう何年前だろうか・・・仙台での展示会終了後 思わず飛び乗った ユニークな市内観光バスるーぷる仙台を探してみた。 それは ある出会いと共に 今も忘れられないものになっている。
一つ空いていた座席にかけさせてもらった その同席の人は 愛らしく小柄な女学生という印象・・・。
思いがけず 親しげに話しかけてくださって 東北大学に来たのだというその人は 行動を共にしても
良いだろうかと聞いてくださった。 小型カメラ片手の彼女と 伊達家の廟 や 仙台城址をゆっくり巡った。
歩きながら お話をしていて 彼女が単なる見学者ではない事を知った・・・。 数年前 誰もが助からないと
思った程の大変な交通事故に遭ってしまい 実は顔面さえもが修復手術をなんども受けた物・・・・
口腔 耳 鼻 内臓にいたるまで 人工のものが入っているとの事だった・・・・。 東北大学医学部には
日本で此処でしか受けられない手術の相談に 東京の病院からの紹介状をもってきたのだという・・・。
久しぶりの外界(その時も 入院中との事・・・・)で とても楽しくて  つらさを少し忘れられるとの事・・・・
遅いお昼をかねて お城跡の資料館のちかくで おそばをいただいた・・・・。 ゆっくりゆっくり口に運ぶ彼女。
共に すこしでも明るく楽しいひと時を 共有したいと願った。 病院の外科病棟重症患者の中には
極言すれば 進んださまざまな医術の実験台ともいえる人たちが 現実に沢山入院していて 
様々な痛みに耐えながら可能な限りの手術と治療を受けている由・・・・・。命は助かっても 社会復帰
する為には さまざまな 臓器も含めての 適応訓練も必要・・・。 
既に何十回もの手術を受けているという彼女の 小柄な身体を抱きしめたかった・・・・。 
毎晩眠るとき 明日は目が覚めませんように・・・もうこの様々な 痛みから解放して下さいと
祈ってしまうそうだ・・・・。 医学の進歩は 残酷ですね・・・と ふともらした彼女・・・・。
それでも 家族にとっては 生き続けてほしい・・・・。インテリアデザイナー
だったという彼女の半生・・・この長い入院生活のために 婚も離れたそうだ。 
まだ子供さんがいなかったことが救いだったろうか・・・。
今も 年賀のやりとりはしているものの 今でさえも 手術は くりかえされているという・・・・まるで
拷問か何かのようで 本当に つらくなってしまう。せめてものシーツやパジャマなど 思いつくものを
送らせて頂いたものの・・・・ O先生に いたたまれなくなってご相談したことがあった・・・・。
彼女が身に引き受けているものだから 同情 憐憫は余計な事だと はっきり申されてしばらく
言葉もなかった。 確かに すぐ おろおろする単純さを恥じなければならないが 同じ生命を頂きながら
なんと言う差であろうか・・・。 私が彼女の立場であったとき その生を感謝して受け入れられる事
そのことこそが 修行なのだろうか・・・・・。 きっとそうなのだろう・・・。 しかし彼女に それが修行なの
だから感謝して受け入れなさいと 未だ私には言えない・・・・。
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by dmm8649 | 2009-02-24 19:54