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祈り

ベッドの枕元に いつも置いてある 小冊子・・・・青山圭秀先生の「祈りの言葉」・・・・・
先生の瞑想会にはすっかり御無沙汰してしまっているけれど この小冊子を何気なく
ひらいて その短い章句を 眠りの前の さすがに疲れた老眼で拾い読みすると 
ほっと安らぐおもいがする・・・・・。 
敬虔なクリスチャンでもなければ 信心深い仏教徒でもなく すがやかな神道を
探求しているわけでもない私 最も多い民草の一茎を 今日もありがたく 平穏無事に
生かして頂きながら いつも思うのは あの命の大河の流れの 一滴としての 自分・・・・・。 
たしか 瞑想会に申し込みするについて アンケートを書き込むことがあった・・・・
何故 瞑想を学びたいと思いましたか・・・・即座に書いたのは 小さいときから 
独り子のわがままを注意され 自分でもいつも自分が世界の中心なのが たまらなく嫌で 
なんとか 先ず人のために祈れる人間になりたいです と書いたと思う。
気がつくと いつもやはりエゴノ塊・・・・。 いわゆる自己嫌悪の塊になっていた。
船井幸夫さんも 高木善之さんも 小林正観さんも 江本勝さんも 山元加津子さんも
その他その他沢山の方々が 否定ではなく肯定をおっしゃった。
考えてみれば 否定からは何も生まれてこない。
自分を愛する・・・? 自分を丸ごと受け入れて 愛しなさい・・・? 
つまり 自分を肯定すること・・・・そのまんまでいいんだよ・・・・いまこうしてある事に
その人ひとりひとりに 意味があるのだよ・・・・五体満足であろうが無かろうが
何かの才能があろうがなかろうが 美人であろうが無かろうが
 その人にしかない人生の意味があるのだと・・・・・。
一滴 されどそれぞれが素晴らしい輝きの 一滴・・・・・。
祈り は 感謝につながり その 相対的な形が 深い静けさの中で 一体感への
予感に満ちてくるとき 瞑想というものに繋がって行くのだろうか・・・・。
いつも 瞑想に入る前に ただ淡々と 瞑想を楽しんでくださいと 先生はおっしゃった。
人のために祈るという願いが どんなに傲慢な事か 最近 少し分かってきたように思う。
by dmm8649 | 2008-01-29 23:31