トータスマミーの独り言


by dmm8649

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まことにお印ばかりの応援ながら はるか昔から存じ上げている SVA を通じて 年に一度だろうか
可愛いお便りを 翻訳付で送ってきてくださる・・・・・難民キャンプの子供たちに 絵本を贈ったり
現地で 移動図書館のボランティアをして下さっている活動の応援など・・・なんとも 恥ずかしいばかりの
金額ながらアフガニスタン や ラオス・ミャンマーの子供たちの それぞれ さぞ必死になって書き込まれたであろう お手製のエハガキなどをみると また 近年は それに添えられた 小学生や中学生の
カラー写真の あどけない笑顔をみると いろいろお仕事をがんばって もっともっと 応援させて
頂きたくなる。 内乱やさまざまな紛争に巻き込まれて 難民キャンプ村で 生活しなければならない
沢山の人たち・・・・・その有様を しっかりと 理解しているわけではないけれど 或る一ページの絵の
印象が 一言のコトバが 励ましや支えになることは 十分あり得ること・・・・ゲームや玩具の氾濫の
中で育つ子供たちよりも 極端な言い方をすれば かわいたスポンジのように 吸い込み受け止める
力を持っているかもしれない・・・・。食べ物や着る物をおくることも大切ながら このような応援の仕方の
深さを改めて思う・・・。昔 このような応援に参加することは偽善者めいて 自分で自分が恥ずかしいと
感じてしまう時期があった。 車中で席をゆずったり 荷物を支えてあげたりすることも なかなか勇気が
必要な時期があった。 さまざまなこだわりは 自分で自分に 障壁を作ることだった。 大切なことは
人の目にどう映るかではなく 自分がどうしたいかではないかしら・・・・。 ゴマ粒にも満たない応援でも
そのような事にかかわらせていただくことも 有難いことだし 幸せなことに思う。 難しい理論や主義主張
よりも 次の世代をになっていく子供たちに 何かのよすがになるものを プレゼントできるかもしれない
なんて 本当にうれしいことではないかしら・・・・。 このような素晴らしい活動を 長年 続けてくださって
いる方々に 心から 感謝いたします。 参加させていただいて ありがとうございます。
  
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by dmm8649 | 2009-04-29 23:08

・・・・・音たてて渡る卯月の朝の風さ緑も横ざまになびきいたりて・・・・・

・・・・・雲割れて現れいでし朝の陽に地のさ緑が輝き出でぬ・・・・・

・・・・・小鳥たち矢のごとも地に吹きとどきなべて横ざまになびきいる朝・・・・・

・・・・・朝けなるパンを食しつつ電車待つ青年の髪も横ざまに流れ・・・・・

・・・・・雲走る空のあわいに一瞬の光満ち来て恩顧なるべし・・・・・
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by dmm8649 | 2009-04-28 22:51

夢のなごり・・・・・


・・・・・いつの世の夢のなごりぞ滴りて若葉にまじる藤の花房・・・・・

移動中の車窓に見える山藤 今年はいつもより多いように思う。 どの木々も どの草花も 
山つつじも山藤も 今この時をあんなに輝いて 生き切っている。 
人目があろうが無かろうが そんなことは一切関係ない。 いつもそのことに 感動する。

自然の一部であったはずの私・・・・ついつい 肩肘をはっていないだろうか・・・・。
お役に立てれば嬉しいとか 幸せとか・・・ それも慾ではないだろうか・・・・。
たんたんと 唯 藤は藤であることを尽くしている・・・・。

今ここに在らしめて頂き ありがとうございます。
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by dmm8649 | 2009-04-28 22:14

四月25~26の二日間 食の安心安全・オルター様のコーナー内 ホワイトマックス様の一部を
お借りして 貴重な学びをさせて頂けた。
広い万博会場の 東公園をうずめているテントの数々 お天気は雨にもかかわらず 結構お人が集まる
事に感心した。 さすが千里が丘・・・洗練された エコを意識されている方々が多い。

この公園をおとずれるのは 何年ぶりだったろう・・・・どう考えても あの 万博以来のことに思える・・・
しつけに厳しかった背の君様の特別許可がおりて はじめて一家そろってソフトクリームを楽しんだ・・・
(まずもって 食べる事にかかわる想いでが 先行する かめ・・・) 太陽の塔は 今も変わらず
岡本太郎さんの エネルギーを しっかりと放っている。 

お天気を期待しながらの二日目は 強風が吹きわたっていた。 以前どちらかのイベントで強風で
テントが飛び大惨事になったことがあり 主催者の方々はいったん中止を決められたが 遠方から
たくさん参加者もあつまっていたため 決定は二転三転の末 テントをはずして 自由にお店を開く
という形で 続行することになった。 時折 小窓が開いたように覗く青空・・・でも 雨雲は厚く 風さんも
元気に走り抜ける。昨日も 少し物を濡らしたけれど 参加させて頂けた事は 感謝してあまりある
ものだった。 工場を出立して 車窓を走り去る風景の中で しみじみと感じたこと・・・・・
そう・・・私が ここまで生かせていただいたことは つまるところ 感謝することを知るためであったこと
すべてこの一点に集約されていたことを 実感したように 大阪での日程を終えて 今治に向かう
車中に しみじみ思ったことは エコという切り口で じつにたくさんの立場の人が一堂に会したこと
さまざまな姿かたちをとって 現社会的な生き方に 一線を引いている 自由の民ともいえる人々を
含め 今 すべての力の 感謝と和とを 結集するときなのだと 感じた。 いつも思っていたように
その場その場でのちからを尽くすこと そのパワーの連結 それは 目覚めというよりは 原初を
思い起こすことにつながらないだろうか・・・・。 雨と風が休み休みに訪れる天候の中 しみじみ
神様はやはり深くていらっしゃると思った。 小林正観さん流では すべてニュートラルで
受け止め方は全面的に その人の着色ということになると思うけれど 現世に生きる限り
何らかの着色は 必然かもしれない。 祈れば 天候も快晴になったり 陽がさしたりすることも
可能なのだろうけれど その 慾さえも超える必要を教えていただいた気がする。

しかし 本当に 嬉しく 有難いことの連続で オルターさんの若い方々が 一丸となって
会の趣旨を説明しておられる有様は 力強く使命感にあふれていた・・・・朝の早くから
びしょびしょになって設営準備をし 参加者の私たちへの気配りも半端ではなく 旗手そのものの 
代表の溢れるようなエネルギー 暖かくこまやかな副代表のおこころ配りともども 現世の保身の為にも
うぞうむぞうが慾にまみれてうごめく中で 激しすぎると見えるほどの切り口も 今必要なのだと思う。

鶏インフルエンザが喧伝されていた中で 突如現れたににみえる 豚インフル・・・・
深い呼吸と 存在させていただいていることへの感謝 相互連関への感謝を 思い出そうと 思う。
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by dmm8649 | 2009-04-28 00:32

一日がとても足りない などと ともするとかめのくせに 羽もどきをばたばたさせている・・・・。
深呼吸 深呼吸 と ほんとに四六時中唱えていないと すぐ駈け出している有様・・・・。
やりたいことが沢山あって やるべきことも 山積みで・・・・。

でもまず 健康でいさせていただいていることに 感謝、 次々に巡り合うことに 感謝。
沢山の 一緒に走ろうとしてくださる方々に 感謝。

先日は 仙台からいつも箱をあけると ぱーっと これがエネルギーというのだろうか・・・イキイキした
力を感じる そんなお野菜が届いた。 筍を毎年贈ってくださる方からは 朝掘ったばかりのものを 
宅急便で夕方には届けて下さった・・・・。 今日は 京丹後からEMのお米が届いた。 長年懇意にして
頂いているご近所からは とれたてのブロッコリーとレタスが届いた。
只只有難くて 背の君様と 手を合わせて頂戴している。 恐らくこれらの素晴らしい生命力に
養って頂いているのだろう・・・・。

ものを育てるのは それがお野菜でも お米でも お花でも そして染色に建てる藍でも どれだけの
愛情をかけたかで 応えが返ってくるような気がする・・・・・。 
一生懸命お世話をしていると 例えば 葉の色や土を見ただけで 何を求めているのか分かるそうで 
その命と対話できるようになるのだろう。
藍師の新居様 染色家の原田様ご夫妻とお話していても それを感じる。 感動したのは 「こちらが
寄り添ってゆく心」なのだそうだ。  ただ現象だけを追求していても ハプニング続きで 理屈では解決
できない事の方が多いようだ。 何事も 深いものだと 感じ入る。 長年土と対話してきた方々 木々や
海とかかわってきた方々 本当に深いお話が多い・・・・。  生きた哲学を お持ちの方々だと思う・・・・。
畦道を 生き物たちをできるだけ踏みつぶさないように 飛び跳ねるように歩いていらっしたT様の
日焼けした頑丈なお姿が ふっと頭をよぎる。

いつだったか 何の小説だったか記憶も朧ながら 山村を舞台に 一人の老婆の生涯をつづったもの
を読んだことがある…貧しく なにも大きな変化もなく 営々と続く時の積み重ねの中で 雲 風 木々
谷川のせせらぎ 鳥 様様の小動物たち 生活のために山を下りて行った家族や 知人への温かい
まなざし・・・それらの中で 彼女の深い人生観がはぐくまれ 何の宗教でもない彼女の まるで
シスターのように暖かく しかも澄み切った心境に至るという・・・・ヘッセではなかった・・・
日本の作家のものだったと思う・・・不思議に心に残っていて あこがれのようなものを抱いてきた・・・・。 
見聞を広めること 学問の研鑽を積むこと 幅広く豊かな人脈を持つこと・・・・うっかりすると 
深くしているつもりで 狭く小さくなっていることがあるかもしれない・・・・たとえば 悟りたいということも 
欲望の一つかもしれない・・・・。

淡々と 心をこめて 目前の土や 水 木々 それこそ 藍の今在る状態と向き合う事で きっと何かと
つながるのだろう・・・・。あるいは 神秘主義と紙一重かもしれないけれど 自然の一部である人間の私 
やはり大いなる自然を通して 見えざる力に つなげて頂いているのだと思う・・・・。

今日も ありがとうございます。
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by dmm8649 | 2009-04-23 01:06

皇后さまの事

私が19歳の時だったかと思う・・・当時まだ珍しい 会社からの一か月ほどの研修出張で 下北沢あたり
だったろうか・・・・(本社が大阪だったので 東京は営業所だった・・・)その男子寮の一角に 大津工場
から派遣された女性と二人 急きょ 鍵付きのドアーがつけられて 入寮させて頂いたことがある。 
毎日 田町の日本電気の一角の 当時のおそらく最新のビジネス通信手段のテレタイプの研修に
通わせていただいた ちょうどその時に ご成婚の式典に行きあうことになった。
 
あれから 50年・・・・が経つことになるのだと 先日の天皇 皇后 ご成婚50周年記念の記事に 
想いを深くした・・・・。際立って世事に疎い私も さすがに 皇太子妃 美智子様の美しさと その後の
つつましくも才たけたご活躍 ご辛抱強く努力を積み重ねられた見事さ 控えめでありながらポリシーを
お持ちになっていらっしゃる まことに品格のあるお姿は 私にとって女性の鏡のような方だと 尊敬と
あこがれの念を持ち続けてきた。 度重なる心身の御苦労を乗り越えられて  まさに尽くしてこられた
お姿は しかもその中に なるチャン憲法などもお作りになり きちんと守るものは守り通されたお姿は
素晴らしいと思う・・・・・。美しく みごとな短歌・・・伺ったことはないが ピアノやハープの 深く 柔らかい 
その楽の音が 聞こえてくるような気がする…。

近年 皇后さまのお顔に 今生の悲しみの極を見られた方のような 憂いなどと一言では
いいきれないものが 垣間見えることがあるように思う・・・マスコミなどがかきたてている
そのようなことではなくて もっと 根源的な存在の悲しみのようなもの・・・・・
慈愛に満ちていらっしゃるからこそ かかえてしまわれた悲しみと 言おうか・・・・。
しかしおそらく マリアさまがご健在ならば やはり 皇后さまのようなほほえみではないだろうか・・・・。
ふっと あの 東北のマリア像の涙を 想う・・・・・。深い想いをかけてくださって ありがとうございます。
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by dmm8649 | 2009-04-21 01:41
塩沢ご夫妻のなみなみならぬ魂の共鳴 すさまじいばかりのエネルギーに満ちた生き様 あのルナさんのフアミリーもそうだけれど なんと厳しくも純粋な 今生の選択だったろう・・・・。
これほど純粋だからこそ 胸打たれる・・・・。  このような 人生もあるのだと・・・・。 軽い表現になってしまうのが残念だけれど 本当に 美しく素晴らしいと思う。 選ばれた方だとつくづく思う。

遠い昔 京津電車の通う逢坂山を徒歩で越えて 大津から京都蹴上の南禅寺に 参禅に通った頃を思い出した。まだ高校生だった私の ちょうどあの頃から始まった魂の彷徨ともいえるもの・・・・当時愛読書の
アンネ フランクの日記・・・・アウシュビッツに消えたあの少女と ほぼ同じ年頃だった・・・・・・
いまだに彷徨は続いているけれど 世間一般からみれば 優に半世紀も遅れた社会学習でご縁を頂いた
沢山の 老若男女の友人たちが どれほど大きな 人生の師になってくださったろう・・・・。

藍草の収穫が始まる前に できることなら 長野へ行ってきたい 早穂理さんにも お会いしたい・・・・。
大きな波のうねりにのっているような 現状の中で 想いがつのってくる・・・。そう こういう時こそ深呼吸。
今いちばんしたいことは何? 社会のためにとか 人の役に立つからというのは もう止めよう・・・・・
自分が魂の底からしたいことは何?  沢山のアンネ達 沢山の先人達から 私も頂いた命の炎・・・・
本当に好きで 楽しく嬉しくできることは やはり 今目の前に現れていることを 一生懸命
こなしていくことで 開けていくのではないかしら・・・・。

松山観光港から 広島に渡った日は 久しぶりの雨と風の日だったけれど 高速船に乗ってしまうと
波の上を走って渡ってゆくからだったのか ほとんど ゆれを感じずに 横殴りの雨と厚い雲のうごきを
島影の多い瀬戸内海を渡りながら ながめていた・・・一見大変に見えるものも のっかってしまうと
為ってゆく物事のように。
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by dmm8649 | 2009-04-19 15:13

水輪 の 事


頭では 只今も 存在させて頂いていることのすごさを ありがたさを 分かっているつもりでも
甘い自分が浮き彫りになるような気がする…・本当に なんとすごい 生きざまがここにも
あったことか・・・・Sさんに貸していただいた 魂のすさまじいほどの試練のノンフイクション・・・
長野県飯綱高原に根を張っておられる 塩沢ご夫妻と早穂理さんの 軌跡・・・。
Sさんが この前お出会いした時も この 「水輪」を おっしゃっていた。 よかったら 一緒に行ってみよう
と・・・・。 Sさんは ここで 内観をされている。本当に 千差万別の人生があるのだと しみじみ思う。

いつのまにか 私の頭の中で 農業法人を立ち上げたいという 夢がふくらんできて 現状のことどもと
結びあっていく・・・・。 水輪は 余りにも大きくて お手本には大きすぎるものながら・・・その運営も
参考にさせていただきたいと・・・バクのバカな夢・・・・・。
行けたら行ってこよう。 もしできるような事態になったら 楽しくやらせていただこう・・・・。
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by dmm8649 | 2009-04-19 02:04

「せまいニッポンなぜいそぐ」 というキャッチフレーズを見たことがある。

ばだばだと忙しい時こそ 実態が現れると 痛感するこの頃だ。

何をもたもたしていたのか 携帯電話を 見事に記憶空白状態で 紛失したことも
自分への警告だと思った。 何度も問い合わせて そのつど全都下の遺失物情報を調べて下さった方達
連絡がつかなくなってしまって 結局お尋ねできなかった所・・・・・ 親切だった六本木の街角のdocomo
のお姉さん・・・・・なんともお騒がせカメ・・・・。 あの麻の房や浅草寺の金竜のうろこのお守りのついた
赤い携帯電話は」親切な方に拾っていただいて 目下 都内の警視庁の
遺失物収納コーナーに コード番号をつけられて ひっそりとならんでいるのだろう・・・。

久しぶりに 青山先生の会での同期生 広島のSさん宅にお世話になり 深い呼吸と静かな瞑想を思い出した。 元気あまって とばしすぎた感が 確かにある。 これも 驕りの一種ではないかしら・・・・

今夕 錬堂さん達は アメリカへ 一か月の旅に発って行かれた。
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by dmm8649 | 2009-04-17 22:59
 楽しい種まき終了後 N様とのお話の長引いた私を ハンガさんとAさんは 待っていて下さって 
夕日にきらめく吉野川の水面ぎりぎりを走る 大好きな川沿いの道を 市内に向かうその車中 
日本の学生さんたちの印象の不思議を 語ってくださった。
 
学生 なにかわるいことすると 先生は注意するとき親を呼びます・・・学生はもう大人だから 自分のことは
責任持てると思います。 日本 大きくなるまで親のそばにいる人多い・・・・。 ハンガリーは子供の時から 一人でなにかすることを 教えられます・・・・・

日本でも 昔の数え歳で たしか13才で帯揚げ 15才で元服 と 成人の自覚をうながされる式があった。 早くから 一家をしょってたった人もいた・・・15歳でもう主婦になった人もいた…
その代り 平均寿命は短かった。 何といっても 今はとても豊かで しかも 平和だ・・・・。
その時間が ゆったりと 引き延ばされたのだろうか・・・・?

ハンガさんの国は 沢山の国と国境を接している・・・・・。 騎馬民族のDNAのなかには どこかで いつも
危険に対峙する心構えがやどっているのかもしれない・・・・。でも ハンガさんが 流暢な口語にもまして
きちんとメールを送信して下さる文面に添えられたHPを開くと はじめて耳にするハンガリーの民衆音楽や
踊りが繰り広げられる。 どちらかというと テンポが早く リズム感にあふれている。 あのリスト や 
コダーイ バルトークの 故郷の国・・・・。音楽に国境はなしというけれど 本当に アフリカの太鼓から
忌部の口琴なども含めて それぞれにひかれるものがある…。 ひまを何とか作り出して 笛を続けたいな
・・・・・。 激務のときほど 何かができるのだそうだけれど なにはともあれ 今日も元気に終了できて
ありがとうございます。

[先日 東京のど真ん中で携帯を紛失するという 大失態を引き起こした私・・・・・撮りためた 限界集落
風景含めて その方ががっかりしていたら つい先日 東京警視庁遺失物センターで 預かっていると
連絡が入ったそうだ。 拾って届けてくださった方 本当にありがとうございます!!)
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by dmm8649 | 2009-04-16 22:16